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大型二輪も取っちゃえばいいじゃん

そんな悩んだ末(というほど長時間悩んでない。ほんの数分)、大型二輪の方が価格的にもパフォーマンスもバリエーションもあるじゃん、と思い直した。さらに新型コロナのせいで在宅勤務が続き、時間的に自由になる今のうちに取ってしまえば、というのもあるし。

そこで、4/7に試験場で免許を受け取ったその足で教習所へ行く。

前回と同じようなプレゼンを一応は受けた。続けて受けることで、卒業生割引とか、教官の紹介のカタチを取ることでオプション分の値引きなどがあったためだいぶリーズナブルになる。

自分の残りの寿命を考えると、早めに取っちゃった方がいい、かつ、そんなに長く活用できるとは思えない大型二輪免許を取るための日々がまた始まるわけだ。

教習所に通うのが日常化している、というか習慣化してるので今のうちならは億劫ではないという感覚もあることも背中を押した理由のひとつだ。

しかし、新型コロナの感染者数がどんどん増えつつあるので、いつまで教習所に通えるのか、若干の不安はある…。

普通二輪免許は取ったけど

話は少し戻るが、普通二輪免許を取るための教習所に通いつつ、現在のバイクシーンがどうなってるのか改めて調べてというとおおげさだが、どうなっているのか確認してみた。

40年前と違うのは、普通二輪免許で乗れるバイクが少ないこと。当時は4気筒の400ccバイクがデビューしまくっていたころで、今すさまじいプレミアムがついているCBX400Fがデビューしたのは自分が高2になっていた81年11月。その後82年にZ400GPがデビューし、自分はカワサキ派だったのでZ400GPを買った。478,000円もしたのによく買ってくれたなと今では思う。どんなバイクかというと、こんなバイク

現在は4気筒の400ccはCB400SFしかないし、250ccの4気筒モデルもない。一時期のビッグスクーターも全然少ないし、なんか普通二輪免許で乗れるバイクって面白いの全然なくね?と思った。

当時はいわゆる限定解除と呼ばれた大型二輪免許は試験場で一発で受けるしかなく、15回落ちる人が普通にいた。今のようにカンタン(でもないけど)に教習所で取れるシロモノではなかったため、若者はみな400ccバイクに行くしかなかった時代。

自分の父親がオマケでもらった二輪免許で大型バイクを乗れるのをめっちゃうらやましかった記憶がある。

また、現在のCB400SFの価格は884,400円。消費税があるので仕方ない面もあるのだが、当時より40万も高い(40年経過しているのにそれだけしか上がってない見方もあるけど)。

大型であるNC750S 759,000円より高いやんけ。そりゃメカニズム的には複雑なCB400SFの方が高いのは理解できるのだが。

それに大型バイクの方が種類が多い。ホンダにせよカワサキにせよ大型の方がバリエーション豊かじゃないか。値段もそれほど変わらない(100万以上かけるんならでかい方がいいわな)。

そんなわけで急速に普通二輪免許の魅力が色あせてくるのだった。

あれ?いつのまに自分でバイク買うつもりでいるわけ?と自分にツッコミ入れつつも。

鮫洲試験場へ行きたい

自宅は品川区なので、一番近い試験場は鮫洲である。卒検合格したのは4/4の土曜日なので4/6月曜には免許の書き換えが行えるわけだ。そのつもりで月曜に予定を組んでいたのだが、なんと鮫洲試験場が閉鎖されていた。

3/31に新型コロナに鮫洲試験場にいる警察官が罹患したため、4/1から急遽閉鎖されていた。15分で行ける鮫洲じゃなくて江東試験場か府中試験場に行けってことである。

このご時世なので仕方ないのだが、鮫洲のリオープンまで待てないから、江東試験場に行くことにした。行って見て感じたが、ついこの前建て直した鮫洲と違って江東試験場はめっちゃボロい。それと鮫洲閉鎖のため、人が多い。三密避けなきゃだめなのにーとか思いつつ、みんな来ている。更新期間が延長されたって言っても不安なのかみんな更新に来ているわけだ。

さて、自分は手続きを終えて、視力検査・写真撮影して30分ほどで新しい免許をゲットできた。しかも今度はゴールド免許となり、ほぼ5年に渡り更新しなくてよくなっていた。

初めてのゴールド免許…(今までどれだけ遵法精神がなかったかわかる)。二輪免許取ったことだし、これを維持できるようより一層気をつけなきゃなぁ、とこの時は思うのだった。

何はともあれ、これでハワイでハーレーに乗れるぞ。

いつ行けるのかはわかんないけどね。ほんと、新型コロナのおかげでいろんなものが制限される。ストレス。

昔と違って、各種免許ごとに初心者運転期間があるらしいので、バイクで違反しないように気をつけなきゃだね。もっともそれほど頻繁に乗る機会は今のところはないけど。

そして卒検へ

途中仕事で三週間ほどまたハワイに行っていたので、間が空いたのだがなんとか二段階もクリアして卒検へ。すでに新型コロナの影響があちこちに出ているので、とっとと取ることにした。

二段階の見極めを3/29の日曜にもらったので、即座に翌々日、火曜日に卒検を受けたかったのだが、着替えている間にほかの人に残り一席を取られてしまう。そのため4/4の土曜日に受けることになってしまった。

年寄りなので間が空くのが怖いのだが、いたしかたない。土曜日まで頭の中でシミュレーションすることにする。

結論から言うと卒検はあっさり合格できた。ほっとした。

苦手だった一本橋もうまくクリアできたので、その後のスラロームや急制動、S字などは鼻歌交じりで終えたくらい。調子に乗らないようにする方が大変だったくらい。もっとも調子に乗るくらいの方が自分はよいのだけど。

KANTOモータースクールは試験を終えたあとも少し待たされる。試験は13時半くらいから始まって、結果発表は17時過ぎくらい?だった。待たされても合格しているんだからウキウキである。

なお不合格の場合には、先に説明されて卒業証明みたいなのをもらう会場には移動しないので、早めに帰れる?ようだ。

結局2/7から4/4とちょうど二か月くらいかかったが、これで普通二輪免許を取れることになった。めでたしめでたし。あとは試験場へ行くだけである。

しかし、そこでトラブルが発生するのであった。

一本橋マジ難しい

その課題は一本橋。若いころ、こんなので苦労したっけ?と思ったほど苦手だったような記憶はないのだが、なぜかこの年齢だと落ちまくる。幅30センチ、長さ10mがこんなに難しいとは思わなかった。

あれ?オレ、これ下手だったっけ?

と悩むほど。

夢にまで出てくる。そしてクリアの仕方もよくわからない袋小路に入っていく気がする。YouTubeで一本橋のクリアの仕方なぞを勉強してみるのだが、

最初は勢いよく、そしてリアブレーキで調整しつつあまり手前を見ないで、肩の力を抜いて小刻みに腕を動かす…

というのがだいたいの説明。

まぁ、そりゃそうなんでしょうよ、と思いつつなかなかうまくできない。ずいぶん後に余裕でできるようになったんだけど、結局卒検まで一本橋に自信はなかった。

卒検のとき落ちなきゃなんとかなるだろう、ということで「目線」「肩に力を入れない」というのをブツブツつぶやきながら無理やりクリアするようにしていく。それでも成功の確率は6割くらいである。

マジ不安。

教習所へ行く

50過ぎて免許取りに行くのは正直面倒である。

もっとも昔乗ってたわけだし、余裕だろ、と思う気持ちもある。というか免許なくても乗るノウハウはあるわけだし(カラダがそれなりに記憶している)、サクっと取れるだろう、と舐めているところもあった。

というわけで、2月の頭から川崎にあるKANTOモータースクールに通うことにした。ここにしたのは自宅からそれなりに近いのと教習費用がリーズナブル(要するに安い)ということだ。

横浜に住んでいるときはやたら保土ケ谷あたりでココのクルマを見たけど、その川崎校になる。見てるときは通うことになるなんて一ミリも想像しなかったんだけど。

クレジットカードで教習費用を支払うが、高校生の頃に比べると、高い。11万円だった(おそらく5%のバックがあるから安くなってると思う)。

そりゃそうだと思いつつ二輪免許で10万越えかーと内心思う。二輪免許、6万円もかかってなかったような。その後の車の免許も16万くらいだったから、やっぱりずいぶん昔だ(現在は26万ほど)。

クルマの免許があるため、学科の教習はない。とっとと実技を予約して取り終えるに限る。その他、原チャリに使っていたヘルメットやグローブはあるので設備投資はそれほどでもない。

というわけで一段階の一時間目を受けたのだが、昔に比べると少し違う。40年近いんだから変わるだろう、と納得はしているのだがバイクの引き起こしで以前はハンドルの端っこを持って引き上げたような気がしたんだが、今は押して起こすようだ。

それはいいとして、女性にはやはりキツいようで一緒に受けていた女性は引き起こせなかった。でも、それでもOKみたいでちょっとびっくり。もっとも自分が昔取ったときなんか女性なんていなかったな笑
頭がサビてるおにーちゃんばかりでしたわ。

そんなこんなでのんびりと一段階はクリアする。やれないことはほぼないし(そりゃ何年も乗ってたから)、若干クランクやS字で戸惑ったくらい。こんなのは実際の道ではやらないからね。

教習車はホンダのCB400SFというもので、今では唯一の4気筒の400ccバイクらしい。今の教習車は贅沢だな。オレのときはZ400LTDとかホークIIだったぞ。しかもヤカンタンクの。と年寄りは昔話をすぐ始めてしまうのだった。

ただ、やはりうまく進められないところは出てきてしまう。

そう、歳をとったことを如実に感じさせる課題があるのだった。